「キーワードは考えるな」について考えた

まず、「力を抜いて弾け」について考えた

楽器を習っていると、よく注意されること。
「力を抜け。力むな。」

しかし実際に、文字通り腕の力を抜いたら
楽器を取り落してしまう。
「力を抜け」というのは、文字通りの意味ではないのだ。

僕なりに言葉を付け加えるなら、
「必要な力だけを入れ、不必要な力は全て抜け」
ということなのだと思う。

しかし「必要な力だけを入れる」という域に達するには、
散々、力んで失敗して、力んで失敗して、を繰り返さないと
結局到達できない。

「力を抜く」というのは高度な領域で語られる言葉なのだ。

なお、達人は、本当に不必要な力を使わないので、
はたから見ると、実際に脱力しているようにすら見え、
さらには「楽器を弾くのって簡単そうに見える!」
という風に傍目に映るようになる。

本当の技術は技術に見えないのだ。

「キーワードは考えるな」について考えた

この「考えるな」も、文字通り「思考するな」
という意味ではないとみた。

本や雑誌や知恵袋をくまなく観察しながら、
目を皿にして注意を払い、想像力を働かせ、
本や雑誌や知恵袋に書かれている文章の背後にあるものを
必死になって見抜こうとする必要は、きっとあるのだ。

きっと「考えるな」という言葉は、
「調査も観察もせず、ゼロから思いつこうするな」
「無駄に逡巡するな」
「生産性の低い思考をするな」
という事なのではあるまいか。

そうであるならば、特に僕のように不器用な人間は、
簡単に「考えるな」の域に到達することはできない。

無駄な事を考えて、行動して、失敗して、を繰り返して、
いつしか、脳の中のある特定の回路が鍛えられた頃、
「無駄な思考をしなくても、必要な思考ができる」
という領域に達するのだろう。

悪あがきは続く

僕の武器は、悪あがきが出来る事だ。

3F精神!ファイティングスピリッツ!
そしてあと何かFふたつだ!

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